インボイス制度導入でどうなる? 税務調査の方針と留意すべきポイント
- 税制・財務
- 専門家に聞く
中小企業経営においては法律が絡む問題が発生することもあります。そんな法律問題の新しい問題解決の方法を、一般社団法人家族のためのADR推進協会 小泉道子代表理事にシリーズで解説いただきます。
さて、第4回のコラムで登場した不動産会社を営むご夫婦の離婚劇、ADRという舞台でどのようなドラマを見せてくれるのでしょうか。
ようやく妻が離婚に応じてくれそうな雰囲気になったのに、今度は離婚条件で争わなければならない。そんな現状に夫はこう思いました。
「これまでの婚姻生活、散々争ってきた。最後くらい、穏便に解決したい。」
そんな思いで解決策を模索したところ、ADR(裁判外紛争解決手続)という解決方法があることを知るに至りました。
1 申立て(申し込み)
夫は、夫婦問題を扱うADR機関に申立てに行き、まずは、次のように確認しました。
「裁判所には、『調停前置』という制度があって、一度調停を経た後でなければ、離婚裁判を申し立てることができないと聞きました。ADRによる調停が不成立になった場合、また家裁の調停から始めなければならないのですか。それとも、離婚訴訟を申し立てられるのですか。」
夫としては、とにかく長引かせたくないとの思いがあり、二度手間になるのは避けたいところでした。
そうしたところ、以下のような説明がありました。
「最終的には、担当の裁判官の判断になりますが、原則として、ADRによる調停は『調停前置』の調停にあたります。そのため、ADRによる調停が不成立になった場合、家裁の調停を割愛し、最初から離婚裁判を申し立てることができます」
ADRによる調停は、調停前置の制度における家裁の調停の代わりになります。
そのため、残念ながらADRで不成立になったとしても、もう一度家裁の調停から始める必要はなく、離婚裁判に進むことができます。
(注:最終的には担当裁判官の判断によります。)
2 ADR機関による相手方への連絡
ADR機関より「ご連絡」と題された書面を受け取った妻は、聞いたこともない「ADR」という制度に戸惑いました。
しかし、その「ご連絡」には、ADR法という法律に基づき、法務省が運営している制度だということをはじめ、ADRがどのような制度であるかが分かりやすく説明されていました。
また、「どちらの味方でもなく、公平・中立な第三者として、お二人の間に入って仲裁をいたします。」、「あなたの言い分も是非聞かせてください。」という言葉に安心感を覚えました。
そのため、ADRによる話合いに「□応じる □応じない」というチェック欄がありましたが、妻は、抵抗なく「□応じる」にチェックを入れることができました。
通常、争っている相手が依頼した機関や制度に対して、何となく抵抗感があったり、「相手の味方をするのではないか」と疑いたくなります。
しかし、ADRは、法律に基づき、法務省が運営する公的な制度であり、公平・中立な立場で仲裁をするため、相手方の理解を得やすいのが特徴です。
また、ADRに応じるか否かは相手方の任意ながらも、不応諾とならないよう、各ADR機関は相手方に応じてもらうためのノウハウの蓄積に努めています。
3 実際の話合い(調停期日)
第1回目の話合いは、双方の希望により、平日の業務を終えた後、午後7時からとなりました。
まずは、離婚意思の確認ですが、妻からは、「経済的条件によっては、離婚に応じてもよい。」という発言があり、そして、夫婦二人だけで話し合っていたときと同じように、財産分与の問題で行き詰まりました。
しかし、今回は、法律と仲裁の専門家が間に入っています。持ち株の算入の仕方、一般的な財産分与の方法など、何かもめる度に調停者がアドバイスをし、なおかつ、双方の意向を確認しながら進んでいきました。
第2回目の調停は、夫がどうしても移動の時間が取れず、事務所からスカイプで参加するということもありましたが、1か月間に3回の期日を設定することができ、財産分与の問題も、ようやく解決に近づきました。
ADRによる調停は、平日の夜間や休日に行うことも可能です。また、同席調停が原則ですが、事情によっては、スカイプなどで参加することもできます。
また、期日(話合いの日)の間隔も利用者のニーズに応じて設定できますので、1カ月に何度も話し合ったり、逆に、2か月に1回というスローペースで行うことも可能です。
4 調停案(相場)の提示
やっと財産分与に目途が立ち、次は、慰謝料の話題になりました。夫も不貞を認めていたので、争点は不貞の有無ではなく、慰謝料の金額でした。
しかし、残念ながら、二人の主張は大きく食い違ってしまいました。
夫としては、自分が不貞をするに至ったのは、公私の区別なく妻から口うるさく言われていたことなどが背景にあると感じており、妻にも責任の一端があると思っていたのです。そのため、慰謝料といったところで、対して支払う義務などないと主張したのです。
一方、妻は、夫婦が破綻するに至ったのは、専ら夫の不貞行為が原因であると主張しました。また、その不貞行為が長きにわたり、精神的に大きなダメージがあったため、相応の慰謝料をもらわなければ納得できないというのです。
そこで、調停者は、期日間に相談役弁護士に意見を聞き、次回期日には慰謝料に関する合意案を提供することを伝えました。
そして、次回の期日では、相談役弁護士の見解が判例と共に紹介され、結果的に二人の間を取ったような金額で折り合うことになりました。
どうしても双方の主張が平行線の場合、調停案という落としどころを提供し、合意を促します。
この調停案は、単に双方の間を取ったような解決ではなく、裁判例などをもとにした、「裁判所の調停や裁判になればこういう結果になる」という解決案です。そのため、どうせ裁判所で争っても同じような結果になるならと、合理的な判断に結び付くことがほとんどです。
無事、慰謝料も合意でき、次は養育費の話題になりました。この夫婦には高校3年生の長男がおり、妻が引き続き養育することになっていたのです。
そこで妻から主張されたのは、驚くほど高額な養育費です。
調停者からは、「算定表」という裁判所で使用されている金額の目安表のようなものが示されましたが、妻の主張額は一向に変わりません。主張する金額の根拠を聞かれても、子どもを育てるにはお金がかかるの一点張りでした。
そこで、調停者は、次のような投げかけをしました。
「奥さまは、大変聡明で、数字にもお強い方です。ご自分の主張が一般的な相場とかけ離れていることもご理解いただいていると思います。ADRによる調停は、けっして、相場に近い条件で折り合うための場ではなく、お互いの気持ちを反映する場です。奥さまが高額の養育費を主張される本当の理由を教えてくれませんか。」
調停者の投げかけに、妻はしばらく考えた後、「あなたが不貞したことは、私にも原因があったかもしれない。でも、何も悪くない息子が、あなたの不貞によって、本来あなたから得るべきお金や愛情が減ってしまうのは許せない」と述べたのです。
よくよく聞いてみると、妻は、夫が不貞相手の女性と再婚し、その女性との間に子どもをもうけることが苦痛で仕方がなかったのです。夫の愛情は、長男一人に注いでほしいし、その女性との間の子どものために養育費が減ったり、将来の相続分が減るのが許せなかったのです。
涙ながらに語る妻の様子を見て、夫は、複雑な心情になりました。そんな先のことまで考えても仕方がないと思いつつ、子を思う妻の気持ちも伝わってきました。また、何より、妻が不貞の原因が自分にもあるのではないかと述べたことで、妻も今回のことで苦しんでいることが理解できました。
このような硬直場面で、その主張の裏側に何か本音があること見抜き、一般的な解決に終始するのではなく、利用者の個別性もうまく扱っていくのは、まさに調停者の力量です。家裁の調停とは異なり、その道の専門家が仲裁を担当するのがADRの特徴であり利点なのです。
裁判所で争ったり、お互いが弁護士に依頼しているような場合、なかなか双方が本音で語るような雰囲気になりづらかったりします。一方、ADRは、原則同席ということもあり、また、争いではなく、協議の場でもあるため、双方が本音で話し合うことが可能です。
最終的には、夫からは、不貞に対する謝罪と長男にはできるだけのことをしてやりたいという気持ちが語られました。
そこで、調停者は、毎月の養育費を高額にするのではなく、長男の大学の学費を負担することや、夫の生命保険の受取人を妻から長男に変更することなどを提案し、二人の合意を得ることができました。
また、妻の今後の経済的不安に関して、夫は、やはり同じ職場で仕事を続けるということは受け入れがたく、妻が新しい仕事を見つけるまでの1年間、扶養的財産分与を行うことで決着しました。
最終合意まで、6回の話合いがもたれ、申立てから合意までわずか3か月でした。そして、公正証書まで作成しても、かかった費用は一人10万円と少しです。
また、裁判と異なり、ADRは完全に非公開です。夫婦がもめていたことは、よほど近しい知人しか知らず、仕事に悪影響を及ぼすこともありませんでした。
離婚裁判は、スムーズに進行したとしても、1年程度かかります。しかし、ADRは、様々な側面で臨機応変に対応できることや、期日の間隔も自由に選んでいただけるため、3カ月程度の解決が可能です。
機関によって価格設定はまちまちですが、概ね、低価格に抑えられています。例えば、筆者が運営するADRセンターでは、弁護士費用の10分の1以下の金額で利用が可能です。
離婚裁判は公開です。有名人でもない限り、他人の離婚裁判を傍聴しようという人はいませんが、そこはやはり、非公開に越したことはありません。ましてや、経営者ともなれば、だれがどんな意図で噂話をするか分からないのです。夫婦関係でもめていて、裁判にまでなっているという事実は、会社にとってよくありません。
相続や離婚といった親族間の問題は、刑事事件や民事事件とは異なり、これまで(場合によってはこれからも)大変近しい存在であった相手とのもめ事です。
そのため、徹底的に争い、そして勝ったものが「勝者」ではないのです。
例えば、子どもがいる男性が離婚の際に親権を諦めざるを得なかったとします。その悔しさから、養育費の金額を徹底的に裁判で争い、結果、月額数万円の養育費の減額に成功したとします。しかし、夫婦間の感情の悪化が父子関係に影響し、子どもと会うことができなくなってしまったとしたら、その男性は「勝者」なのでしょうか。
それとも、養育費は多少多めに支払ったとしても、ADRで穏やかに話し合いができ、子どもとの良好な関係を継続することができたら(その結果、子どもの結婚式に出る、なんてことができたとしたら、)、その方がよかったのでしょうか。
一方で、こじれにこじれ、もはや「ADRで穏やかな解決」だなんて言っていられないというケースもあります。
ADRは全ての人に向いているということではなく、あくまで問題解決のための選択肢の一つです。まずは、何か問題が起きたとき、適切な方法で適切に解決できる「引き出し」をたくさんもっておいていただければと思います。
著者
家族のためのADRセンター
センター長 小泉 道子
家庭裁判所で15年勤務した後、民間の仲裁機関「家族のためのADRセンター」を設立。離婚や相続といった親族問題を専門に取り扱っている。 モットーは、「親族問題こそ、穏やかに解決!」
お客さまの声をお聞かせください。
この記事は・・・