内容へスキップ
top > 経営ペディア > 経営のヒント > 相続問題でも活用できる!早くて便利なADR(裁判外紛争解決手続)」
経営のヒント

相続問題でも活用できる!早くて便利なADR(裁判外紛争解決手続)

  • 専門家に聞く
  • 相続

この記事は10分で読めます

中小企業経営においては法律が絡む問題が発生することもあります。そんな法律問題の新しい問題解決の方法を、一般社団法人家族のためのADR推進協会 小泉道子代表理事にシリーズで解説いただきます。


前回のコラムでは、ADRという制度の概要をお伝えしましたが、今回は、もう少し話題を絞り、相続問題とADRの活用についてお伝えしたいと思います。


みなさまも「相続対策」という言葉を聞いたことがあると思いますが、残された相続人たちが争ったり、もしくは高額な相続税に困ったりしないよう、「対策」が求められるのが相続です。


特に、中小企業経営者のみなさまは、相続でもめやすい要素がたくさんあり、事前の対策がとても大切です。しかし、残念ながら、諸事情によりその対策が遅れがちになるのも、また中小企業経営者のみなさまの特徴なのです。


以下では、中小企業経営者の相続がなぜもめやすいのか、それなのにどうして対策が遅れがちになるのか、そして実際にトラブルになったときはどんな解決方法があるのか、についてお伝えしたいと思います。

1 中小企業経営者が相続問題を抱えやすい理由

中小企業経営者が亡くなると、サラリーマンだった人が亡くなったときに比べ、相続でトラブルになりやすい要素がいくつかあります。


まずは、その「トラブルポイント」について、事例を交えつつご紹介したいと思います。

事例

事例)

町工場の社長であるAさん。従業員50人を抱え、24時間体制で大手自動車メーカーに卸す部品を作っています。妻は数年前に他界し、息子二人の協力を得ながら切り盛りしています。


Aさん、既に御年70歳。そろそろ、次の世代に受け継ぐ必要がありますが、何かと忙しく、相続対策は進まないままでした。


また、後継ぎ問題も悩みの種でした。自分の右腕として頑張っている人格者の長男。そして、ビジネス感覚に長けていて突破力のある二男。一体、どちらを後継ぎにすればいいのか、それも決められずにいました。


そんなある日、Aさんは突然の脳梗塞で倒れ、入院を余儀なくされました。Aさんは、このとき初めて、自分の亡き後のことを真剣に考えざるを得なくなり、慌てて遺言書を作成したのです。


そして、Aさんは、遺言書を書き上げた数日後、昏睡状態となり、そのまま意識が戻ることはありませんでした。


ここから、相続の開始です。親族が集まり、顧問弁護士よりAさんの遺言書の内容が発表されました。しかし、最後まで聞かないうちに、一部の親族がざわつき始めたのです。なぜなら、財産のほとんどを長男に相続させるという内容だったからです。


Aさんとしては、社員の人望もある長男に会社を任せたいと思い、そのような遺言書にしたのですが、もちろん、二男にも期待していました。しかし、準備不足がたたり、二男や二男を応援している他の親族への説明や根回しができていなかったのです。


何とか顧問弁護士がその場を収めましたが、後日、二男から、「せめて遺留分は相続したい」との申し入れがありました。(遺留分:一定の範囲の法定相続人に認められる最低限の相続取得分のこと)

トラブルポイント1 不平等が起こりやすい(遺留分侵害が起こりやすい)

中小企業経営者が死亡した後、残された相続人たちが遺産分割でもめやすい理由として、不平等になりやすく、遺留分侵害になりやすいという事情があります。


なぜなら、次期社長となる相続人に集中的に事業用資産を相続させる必要があるため、他の相続人との相続財産の差が大きくなってしまうからです。


この事例の場合、法定相続人は長男と二男の2人だけです。そのため、法定相続分は2分の1ずつ、長男の遺留分は相続財産全体の4分の1です。Aさんの遺産の内容によっては、4分の1を二男に相続させると、経営が成り立たなくなってしまうことが十分に考えられます。

この二男の申入れを受け、顧問弁護士が頭を悩ませたのは次の2点についてです。


まずは、被相続財産の確定です。Aさんの遺言書には、「〇〇と△△は二男に、そのほかのすべての財産は長男に相続させる」と書かれていました。そのため、その他の部分について、いったいどんな財産がどこにあるのかを調査し、確定する必要があるのです。


しかし、Aさんの工場は、過去に経営難に見舞われており、幾度となくAさんが個人財産から補填したり、自宅を担保に入れて融資を受けていたりしたため、どこからどこまでがAさんの個人財産で相続の対象になるのか、線引きが難しかったのです。

トラブルポイント2 個人資産と会社資産の混同

先代が自分の財産を会社に貸し付けていたり、会社がお金を借りる際に自分の個人財産を担保として提供していることがあります。


本来、過去の帳簿さえ見れば、その区別がはっきり分かるはずなのですが、長きにわたって貸し借りが繰り返されていたり、経理がずさんだったりすると、相続財産確定の作業が大変になってしまいます。

そして、次に顧問弁護士を悩ませたのは自社株の相続についてです。


Aさんの会社は株式会社ですので、経営者となる長男に経営に十分な自社株を相続させる必要があります。加えて、Aさん名義の不動産や財産のうち、経営資産となっている財産も長男に相続させなければ経営が成り立ちません。


しかし、こういった分割案では、到底、二男の遺留分を確保できなかったのです。

トラブルポイント3 自社株の相続

中小企業経営者の相続の場合、自社株の相続がとても重要で、次期経営者となる相続人に、安定的な経営に必要な株数を相続させる必要があります。


しかし、未上場の株式は高く評価されがちなため、ほかの法定相続人の遺留分との関係で、問題が紛糾しがちです。

2 相続対策が遅れがちになる理由

そんなこんなでもめがちな中小企業経営者の相続ですので、本来、事前に対策をしておくべきです。しかし、これまた中小企業経営者ならではの事情で、その対策が遅れがちになってしまうのです。
  1. 第一線で働いている間は「相続」のことを後回しにしがち
    中小企業経営者は、サラリーマンと異なり、定年退職がありません。体さえ元気であれば、いつまででも働けてしまう。つまりは、引き際は自分で決めるしかないのです。
    しかし、中小企業経営者の中には、一代で会社を築き上げた人、親から受け継いだ会社を自分の代で立て直したり、大きくしたりした人など、とにかく「ガッツ」や「気概」のある人が多かったりします。
    そのような人たちですから、なかなか「自分の亡き後」のことを考えることができません。体調がすぐれない、もう年だから体がきつい、そう感じ始めてからでは遅いのです。
  2. 後継者がいない
    多くの中小企業経営者が抱えている悩みの一つが後継者問題です。子どもがいるからといって、必ずしも後継ぎになってくれるとは限りません。自分のやりたいことがあるかもしれませんし、そもそも、その道には向かないかもしれません。
    そういった事情で後継者が決まらないと、財産の分配方法も決まらないのです。
  3. 忙しすぎて考えられない
    社長業は、とにかく忙しく、考えなければいけないこと、決断しなければいけないことが山積みです。日々、目の前の課題をこなしていくのに精いっぱいという人も多いのではないでしょうか。
    超多忙な毎日の中で、将来のことを考え、相続対策を進めていくのはそう簡単ではなかったりします。
  4. 会社顧問は相続の専門家ではない
    ある程度の規模になってくると、ほとんどの会社に顧問税理士や顧問弁護士がいると思います。
    しかし、顧問税理士や顧問弁護士の専門は「法人顧問業務」であって、けして相続ではありません。同じ士業であっても、専門が違えば、ほとんど「別業種」です。
    一方で、せっかく顧問がいるのに、さらに別料金を払って専門の士業に依頼する気にもなれなかったりします。
    そのため、顧問に色々聞いてはみるけれど、具体的な回答や提案もなく、そのままずるずると対策が遅れる、といったことになりがちです。

3 各種解決方法の違い

さて、様々な事情で問題が紛糾しそうなAさんの相続ですが、どんな解決方法があるのでしょうか。

恐らく、「相続争い」という言葉を聞いたとき、みなさまの頭に浮かぶのは、「弁護士」と「裁判所」ではないでしょうか。

まずは、それぞれの解決とADRによる解決を比較しながらご説明したいと思います。

  1. 家庭裁判所での遺産分割調停・審判の特徴
    • 解決まで時間がかかる
      家庭裁判所での解決の特徴は、とにかく長くかかってしまうことです。申立てから遺産分割協議が成立するまで、1年も2年もかかったという話も珍しくありません。遺産分割調停は、家裁で取り扱っている様々な調停の中でも、もっとも期間が長くなる部類に入るのです。
      なぜなら、他の案件と異なり「相手方」が複数人いたり、その相手方が高齢化しつつあったり、全国に散らばっていたりして、関係者が一堂に会すること自体が難しいからです。
      また、相続の対象となる財産が複雑だったり、査定や鑑定が必要なものだったりすると、分割対象の財産を確定させるだけで、何回も調停期日を重ねなければならなかったりします。
    • 不便
      平日の日中に裁判所に出向かなければならないことやメールでのやりとりができないことなど、不便な面があります。
    • 対立構造が明確になる
      何より、「争いのステージ」になってしまうのが残念な点です。家裁の調停は、あくまで話し合いで合意する場なのですが、やはり「裁判所」という名前がついているだけで、紛争性が高くなるのです。
    • 費用が安価
      いくつかのデメリットもある家庭裁判所ですが、費用が安いというメリットがあります。申立ての際、印紙や切手の予納で数千円かかりますが、その後は無料です(個人的には、この無料が協議を長引かせる原因ではと思っていますが。)。
  2. 弁護士の特徴
    • 専門性の高さ
      弁護士に依頼するメリットは、やはりその専門性の高さです。そして、自分の代理人として、交渉してくれますので、負担感はずいぶん減ります。
    • 費用が高額
      専門性の高さ故、費用も高額になります。相続案件の場合、成功報酬が加算されることがほとんどですので、相続する財産が高くなればなるほど、弁護士に支払う費用も高くなります。
    • 対立構造が明確になる
      裁判所と同じく、「争いのステージ」になってしまうのが残念な点です。弁護士は、あくまでも依頼者の利益(多くは経済的利益)を最大にするのが役割です。双方の意見を尊重しながら、お互いが納得のいく結果を見つけ出していくという作業をしてくれる弁護士は多くはありません。
  3. ADRによる解決
    • 早い
      裁判所のように、話合いは1か月に1回と決まっていませんので、当事者のニーズに応じたペースで進めることができ、早期の解決が期待できます。
    • 便利
      スカイプを利用しての話合いができる機関も多く、全国に散らばっている共同相続人に集まっていただく必要はありません。また、体調が思わしくなく、外出がままならない方がおられれば、調停者の出張も可能です。また、ほとんどのADR機関は、平日の夜間や休日の利用が可能です。もちろん、メールを利用することもできます。
    • 費用が安価
      ADRの利用料金はそれぞれの機関が個別に設定していますが、概ね安価に利用することが可能です(例えば、当センターですと、弁護士費用の10分の1程度です)。
    • 専門性が高い
      弁護士以外の者がADRによる仲裁・仲介・調停を行う場合、法務大臣の認証を取得している必要があります。そして、その認証を取得するためには、厳格な要件を満たしていることが必要であり、高い専門性が求められます。
以上のような問題解決の方法があるわけですが、次回のコラムでは、Aさんの相続問題をADRを利用して話し合った場合の具体的流れについて、ご紹介したいと思います。
以上

小泉 道子

著者
家族のためのADRセンター
センター長 小泉 道子

家庭裁判所で15年勤務した後、民間の仲裁機関「家族のためのADRセンター」を設立。離婚や相続といった親族問題を専門に取り扱っている。 モットーは、「親族問題こそ、穏やかに解決!」




NN_Picto_D_sympathy_rgb.svgお客さまの声をお聞かせください。

  •   

この記事は・・・

  • 現役経営者の妻のための情報サイト「つぐのわ」こちらから