酒造りの伝統を守りつつ次も考えて「東一」ファンの層を広げたい 五町田酒造株式会社 取締役 瀬頭 結美氏
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2024年9月、「ビジョンを実現するつながり」の一環として家業後継者や若手経営者を対象に5回目の「オランダスタディツアー」を開催しました。
今回参加した5人のなかから、関西巻取箔工業株式会社 取締役COO 久保昇平さん、株式会社乗富鉄工所 代表取締役 乘冨賢蔵さんに、ツアーで得られた学びなどについてエヌエヌ生命保険株式会社 保谷友美子が聞きました。
オランダに身を置き、新たな視座をもつことで
事業の見え方、取り組み方が明確になってくる
保谷 「オランダスタディツアー」から半年が過ぎました。その後ご自身の事業に何か進展はありましたか?
久保 日蘭協業支援プログラム「MONO MAKERS PROGRAM」(以下MMP)で協業させていただいているオランダ人アーティストのシグリッド・カロンさんとの作品、「HAKU-HAKU creative DIY toolbox」の試作品を第6回京都インターナショナル・ギフト・ショーに出品しました。今年の夏ごろには量産したいと思っています。そもそも関西巻取箔工業(以下KANMAKI)は、73年前に祖父が西陣織の金糸の材料をもとに、京都で開発した転写箔が始まりの会社です。時代と共に変化してきて、今では自動車のエンブレムや化粧品のパッケージロゴなどに使う顔料箔を手がけています。使う人に直接箔を届けたいと2年前にBtoC向けの商品として、ボールペンで描ける箔=「煌葉-kiraha-」の販売を始めました。そしてデザイナーとの協業やマーケティングを強化したいと考えていた時に、「MMP」を知り参加しました。オランダのアーティストと一緒に商品をつくれるのは非常に魅力的でした。
乘冨 乗富鉄工所は、福岡県の柳川という水郷の町で80年近く水門を作ってきた鉄やステンレスを扱う製造会社です。最近では高い技術力をもったモノ作りが好きな職人がキャンプ用品を開発して自社で販売しています。今回のツアー後、働きがいを大事にするオランダの方々の様子に触発されて、若手デザイナーの商品を世に問う「乗富実験室」というECサイトを立ち上げました。これは未完成ながら自分たちがつくったものを自由に発表できる場で、社員のやりがいに通じると考え取り組んでいます。またミラノの展示会に屋外家具を提案するチャレンジも動いています。
保谷 次のプロジェクトがますます楽しみです。ところでこの「オランダスタディツアー」に参加するきっかけはどんなことからでしたか?
乘冨 前回のツアーに参加した増田桐箱店の藤井博文さんと飲み友達で、彼が「すごく良かったよ」というのを聞いて応募しました。実は4年前から水門の受託事業だけでなく「ノリノリプロジェクト」と題して自社でプロダクトブランドを立ち上げて販売しています。国内では結構売れたのですが、海外で我々のブランドが通用するのかどうかをオランダで試したかったというのが応募した理由です。そして水の国オランダに行くなら、水門と人との関わりがどうなっているのかを自分の目で確かめたいと思い参加しました。
久保 前回の参加者であるモリタの近藤篤祐さんとオオウエの大上陽平さんと一緒にコラボ商品をつくっているときに、「MMP」は面白いよと言われ、次は久保さんが参加すべきでしょうと勧められ応募しました。箔は色を表現する仕事なので、自分たちにないセンスや感覚をもっていらっしゃるオランダのアーティストと組みたいとオファーしました。
保谷 ツアーに参加してみて、強く印象に残っているのはどんなことでしょうか?
久保 初日にNNグループ本社を訪問し、サステナビリティ部門最高責任者のアドリー・ハインスブルックさんに社内を案内していただきました。そのとき「ヒューマニティビジネス」という言葉を初めて耳にしました。ゼロカーボンを限りなく実現し、人間性を取りもどしながら経済活動をしていこうということだと自分なりに解釈しました。自分も経済活動とゼロカーボンを両立させようとしているが、なかなか利益が出ないという悩みを彼に話すと「信じて一緒に進んでいこう」と答えてくれたことが強く心に刻まれています。会社としての規模は全然違うけれど、同じような思いで仕事をし、組織を作っている人がオランダにもいると初日にわかったことで、このツアーに参加した心理的安全性がかなり高くなりました。
乘冨 人間に対するまなざしの違いをオランダで感じることが多く、深く印象に残っています。街を歩いていても圧倒的に美しいし、水辺は身近にありとても気持ちがいい。日本は安全第一だからとすぐに柵をつくりたがりますが、それがどこにもないんです。水と人の距離が遠くなると水を意識しなくなって、洪水が起きてから慌てふためく。逆にオランダでは、毎日の水位の変化に敏感になるし、そういう繊細な感性をもって生きている。だからこそ人類が長く生きるための環境を守りたいと本気で思っているんだと理解しました。自分たちで決めたことだから、責任をもって自ら取り組むというプロセスを経ているから、サステナビリティに取り組む本気度が違うのだなと思いました。
保谷 久保さんは「MMP」に参加して、初めてオランダのアーティストと協業しましたがどんな感想をもちましたか?
久保 シグリッドさんとの打ち合わせの前日、彼女のアトリエを全員で訪問する機会がありました。そのときに彼女から生い立ちから始まるプレゼンテーションを受けたんです。すごくオープンに自己開示し、「これが私よ」という自信に満ちた内容に衝撃を受けました。そもそもアトリエ自体が半分居住スペースなので、彼女の感性を表現する舞台に招かれた感じがして、明日はこの場所で勝負をしなくちゃならないんだと強いプレッシャーを感じました。なのでホテルに帰ってから自分のこれまでを振り返り、自分が何を見てきたか、何を考え目指すのかというパーソナルブランディングの資料を徹夜で作って、翌日の打ち合わせに臨みました。
保谷 自分を伝えたうえで、箔という技術で応えていきたいという久保さんの気持ちは、ちゃんとシグリッドさんに伝わっていたと思います。だから提案した箔に対してシグリッドさんは高い評価をなさったのだなと感じます。
久保 見映えだけでなく、使い勝手も含めてきちんとデザインするなどレベルが非常に高いので、こちらの背筋が伸びましたね。
保谷 オランダでスタートアップ企業なども訪問しましたが、オランダのビジネス手法に日本との違いを感じましたか?
乘冨 人がより良く暮らすためにビジネスはあるんだという考えが浸透しているので、ソーシャルグッドなビジネスが多いんだなと思いました。日本では、いつの間にか目的と手段が逆転してしまっているのに気が付けなくて、いつしか流されてしまっているのかもしれません。
久保 オランダの方はライフスタイルとして、楽しみや遊び心が失われることに徹底的にあらがっているような気がします。この判断をポジティブにいくか、ネガティブに振るかで、海外で仕事をするうえでの選択肢を増やせるかどうかが随分違ってくるのかなと感じました。
乘冨 組織づくりと似ていますよね。ルールをがちがちにして縛るのと、絶対にやってはいけないことだけを決めたらあとは自由にやらせる2通りのマネジメントがあると思うのですが、オランダは後者ですね。
久保 管理が必要になるから、ルールを増やしちゃダメなんです。マネジメントするときには、ルールとマナーとトーンの3段階があると思っています。ルールで縛るのは簡単だけど、ルールの数だけマネジメントのタスクが増えます。それをマナーに置き換えれば管理しなくていいんです。ここはカルチャーの話なのですが、日本はルール化しがち。心理的安全性の高い組織を作ろうとするなら、マナーの範囲で収まるように努力すればよいんです。それが進化すると今度は、どのタイミングでとか、どんな伝え方でっていうトーンの話になる。心地の良い空間とか組織って、カルチャーを進化させていくとルールが少なくても、管理されなくても作れる。それがオランダのルールとマナーとトーンだと思う。
乘冨 面白いですね。そう聞くとトーンとマナーの解像度が上がってきます。
久保 マナーまでは言語化できるけど、トーンはできない。感じ方の問題だから。でも海外に行って非日常の中で自分を意識してみると、このトーンの温度感を感じやすくなると思います。だから海外に出て、実際に見たり、聞いたり、話したりすることが大切なんでしょうね。
保谷 この「オランダスタディツアー」に参加後、何か変化したことはありますか?
乘冨 会社のビジョンを決めるか決めないかのタイミングで参加したのですが、今回のオランダツアーのおかげで「OPEN THE GATE」でいくぞと確信をもてるようになりました。キャンプ用品をつくるときも大学生を巻き込み、デザイナーさんと職人ががっぷり組んでやってきました。街づくりの人たちと焚火イベントの活動を始めたのもそう。今まで取り組んだことは全部、門を開いて垣根を下げるオープンマインドでイノベーションを起こしてきたじゃないかと自信がもてました。これからはもっとオープンにする範囲を広げて、例えば高齢化で管理人が不足している地域の水門をスマートフォンで自動的に開けるようにしたい。そうすれば人材不足という水門業界の一番の課題を解決しながら、水門というインフラが潜在的に抱える環境や生態系への影響も軽減できるかもしれない。美しくデザイン性の高い水門も増やすことができます。今、改めて水門の無限の可能性がすごく面白いなと感じています。今までの活動が、オランダで刺激を受けたことで全部混然一体となって、もう少しで芽吹くという感じがして、わくわくしています。
久保 今年1月に 箔の魅力を発信するWEBメディア「箔々 HAKUHAKU」がオープンしました。これは箔や開発した商品についてだけでなく、今までの歴史や経験、その背景に流れている視点や考え方などを自分たちの言葉で語ることこそが重要だと考え立ち上げたんです。だからそのほとんどの原稿を自分たちで書いています。ものづくりのコミュニケーションは、今につながるストーリーを共有するからこそ相手に伝わるんです。その意識をもつかどうか。これは、オランダに行く前と後で自分の中で大きく違って意識できるようになったことです。
乘冨 とても箔屋さんのホームページとは思えない面白さがありますね。もっと積極的に知りたくなってしまう。人間の行動をデザインされているんだなと感じました。
久保 WEBページの中だけで完結しちゃいけない部分ってあるんです、実際に触ってもらって、それじゃないと伝わらないところがある。これも今回の学びのひとつですね。
保谷 乘冨さんは、ロッテルダムでの日本のクラフトやデザインプロダクトに特化した展示・即売会「MONO JAPAN」に出展をしましたが、反応はいかがでしたか?
乘冨 キャンプ好きの職人が自分の欲しいものをという目線で作った「ヨコナガメッシュタキビダイ」などを出品しました。コンセプトは、自然の中に分け入って四季を感じながらリラックスするためのツールです。オランダのキャンプショップをいくつか回ったのですが、似たようなものはなくて、以前ニューヨークのバイヤーに「こんなチマチマしたものは、ダメだ」と言われたこともありどういう反応が返ってくるのか心配しました。でもなぜ日本の水門メーカーが持続可能な世界を目指していろいろな取り組みをしてきたかという話を日本のアウトドアカルチャーごと紹介してみたら、意外とちゃんと聞いてくれる人が多かったのです。今後は、このようにストーリーやコンセプトを丸ごと紹介すれば反応が良いんだという強力な突破法を得ることができました。
久保 モリタ、オオウエ、KANMAKIの3社共同による紙製文具雑貨を出品したのですが、日本でものづくりをきちんとまじめにやっていれば、ある一定ラインは超えているんだという自信がもてました。使おうとしたときに収まりがよくストレスがない、丁寧に作られたものだということを評価してくれるお客さまが、どの世界にも一定数いることがわかりました。普段頑張って仕事をして評価を得ていれば、世界へのファストパスが手に入ると確信しました。
保谷 最後に次回の「オランダスタディツアー」に参加しようと考える方へのアドバイスをお願いします。
乘冨 本当に想像以上の発見があるので一歩踏み出してみてください。そしてせっかく行くのだから、自分なりの仮説をたててから行ったほうがいいと思います。家業とオランダの関係って結構突飛だと思うんですが、その1本の線をしっかり考えてから行くと滞在中の目線が変わってくると思うんです。私は飛行機の中でオランダの歴史の本を1冊読んで行きました。思いもしない出会いや用意してくれたプログラムも魅力的なんですが、そこで何かをつかむために自分の準備はしておいたほうがいい。
久保 僕は反対にオランダのことをほぼ調べないで参加しました。45年も生きているので、これまでの裸の自分のまま行ってみて、果たして通用するかを試すぐらいの感じでした。本質に近づくほど、言葉も国も人種も関係なくなるので、そのときにダメだと思うのか、いけると思うのかの答え合わせがある意味、醍醐味(だいごみ)だと思います。20代の若い人なら思い切り情報収集して頭でっかちになってから海外に行き、現地でギャップに衝撃を受けるのもありだとは思いますが。とにかく絶対に参加したほうがいいです。今でも旅の答え合わせが全部でききらないくらい、味わい深い中身の濃いツアーでした。
保谷 今後も参加される方の業種や興味関心に寄り添った「オランダスタディツアー」の内容にしていきたいと思っています。今日はありがとうございました。
株式会社乗富鉄工所 代表取締役 乘冨 賢蔵さん
1985年福岡県生まれ。九州大学卒。2010年に住友重機械マリンエンジニアリング株式会社に入社、2017年家業である株式会社乗富鉄工所に入社、2024年三代目として代表取締役に就任。ユニークな福利厚生や待遇改善を通じて組織改革を実施し、若手が活躍できる環境を整えた。「ノリノリプロジェクト」を立ち上げ、オリジナル商品の企画販売を行っている。業界の枠を越えて、地域に根差した持続可能な企業経営を目指し、次世代を見据えて挑戦を続けている。
関西巻取箔工業株式会社 取締役COO 久保 昇平さん
1980年京都生まれ。 京都産業大学在学中から2005年まで舞台演出・脚本家として120以上の作品に関わる。2012年関西巻取箔工業株式会社(KANMAKI Co.,Ltd.)入社。長く繊維や製本分野向けに提供されていた箔製品を、自動車や家電製品をはじめとする精密機械部品等の工業製品の加飾にも対応できるラインアップに刷新。“箔をつけるシゴト”をテーマに、国内外問わず試作開発に取り組んでいる「“歴史ある”スタートアップ企業」の三代目。
エヌエヌ生命保険株式会社 事業開発部 CSV推進チーム 保谷 友美子
2021年入社。社会貢献活動を担当。2021年伝統産業を担う後継者に向けた欧州進出プログラムを立ち上げる。後継者と海外デザイナーが協業しながら現地生活者のニーズに合わせた商品開発および海外販路開拓を支援している。
「オランダスタディツアー2024レポート」で、より詳細な記事がご覧いただけます
エヌエヌ生命が「次世代への支援」の一環として、家業後継者や若手経営者を対象に行っている取り組みです。NNグループの本社があるオランダの先進性や最先端の取り組みを実際に参加者に体感いただくことで、イノベーションにつながる学びの機会を提供します。
次回のツアー開催は9月を予定。下記より詳細をご確認ください。
お客さまの声をお聞かせください。
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