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事業承継

「『3カ月後に社長になりなさい』 理由は母親の病気だったけれど、今思えばちょうどいいタイミングだった」
有限会社日東機械工業 社長 三宮 徹一郎 氏・専務 三宮 弘美 氏 × 税理士法人シーウエイブ 税理士 瀬山 美恵 氏

  • 40-50代
  • 建設業
  • 九州・沖縄
  • 後継者

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大分県で鉄工所を営む、㈲日東機械工業。現在は創業者の娘である弘美氏が専務を務め、孫であり、弘美氏の息子の徹一郎氏が代表取締役を務める。祖父から娘、そして孫へと受け継がれてきた事業への思いと、その思いを後世に伝えるヒストリーブック(※)との出会いについて、徹一郎氏、弘美氏、そして担当税理士である瀬山美恵氏に語ってもらった。

平安伸銅工業株式会社 代表取締役 竹内 香予子氏 専務 三宮弘美 氏

有限会社日東機械工業 代表取締役社長 三宮徹一郎 氏 (写真 右)
・大学卒業後、㈲日東機械工業に入社。工場での現場勤務を経て、1996年に代表取締役社長に就任。3代目。


有限会社日東機械工業 専務 三宮弘美 氏 (写真 左)
・㈲日東機械工業創業者の娘。小学校の教員を経て㈲日東機械工業に入社。現在82歳で専務を務める。

税理士法人シーウエイブ 社員税理士 瀬山美恵 氏

税理士法人シーウエイブ 社員税理士 瀬山美恵 氏


税務・会計のみならず、景氣経営哲學・マーケティング・資金繰りの3つの視点から経営者のサポートを行い共に成長することを目指している。約15年間、㈲日東機械工業の顧問税理士を務める。エヌエヌ生命が運営する「かうじそクラブ(※)」の会員となり中小企業が事業継続するためのサポートや提案を推進している。

(* 正式名称「事業継続保障倶楽部」。中小企業の経営の安心を次世代までお届けするために事業継続保障を提案していく募集人の会)

猶予期間は3カ月! 母の入院をきっかけに事業承継

㈲日東機械工業が法人化されたのは1960年。2020年で60周年を迎える。創業者は現在の代表取締役である徹一郎氏の祖父。終戦後、主に農機具や機械の修理からはじめ、会社を興したという。
「父としては、苦労して作った会社ですから何とか続けていってほしいという思いが強かったようです。生前、『(徹一郎氏が)日東機械を継いでくれるんじゃろうの』と独り言のようによく言っていましたね。『もし鉄工所が嫌だったらいつでもやめていい。貸し倉庫にしてもいいから㈲日東機械工業の名前はなるべく長く残してくれ』とも言っていました」(弘美氏)。

しかし祖父が亡くなったとき、徹一郎氏はまだ中学生。そのため、登記上は徹一郎氏の叔父が二代目の社長になり、実質的な会社の経営は弘美氏が行うことになった。その叔父がもとは公園の遊具関係の会社にいたことから、現在では遊具の設置・修繕が大きな業務分野になっている。


大学を卒業して同社に入社した徹一郎氏が社長になったのは1996年。きっかけは弘美氏の長期入院だった。


「母ががんを患い、『入院するから3カ月後に社長になりなさい』と。いつかは…とは思っていましたが、当時まだ私も30歳くらいでしたので、もう少し先かなと考えていました。理由は病気ですけど、今思えばちょうどいいタイミングではなかったかと」と徹一郎氏は振り返る。


全くの初心者で入社して、機械の操作や溶接、製品組立の基本を従業員の皆さんに教わり、 一番の下っ端として働いていた。だから従業員とのコミュニケーションもバッチリ。


「工場で私を鍛えてくれた従業員の方々は死ぬまで先生です。社長になってもそれは変わりません。これまでは彼らのサポートをするのが私の仕事でしたが、これからは彼らが働きやすい環境を整えていくのが私の仕事になるんだと思いました」(徹一郎氏)。


とはいえ、経理や運営には全く携わってこなかったので、多少の戸惑いはあった。一番苦労したのは、仕事の見積もりだった。


「お客さまに見積もりを出したときに、『今までより高いね』と言われたことが何度かありました。今まで専務がどういう計算で見積もり額を出していたかがわからないので、なかなか整合性がとれなくて。過去の売上帳を見て、この仕事はこのくらいの感じだなというのを把握するのが大変でした」(徹一郎氏)。


従業員にこの仕事は何時間くらいかかるのかを聞き、アドバイスをもらいながら「とりあえず損しないように」金額を設定していった。

入院中の弘美氏も抗がん治療のスケジュールの合間を縫って、月末には会社に出て給与計算などの仕事を行い、親子で力を合わせて乗り切った。
「『何とか続いてるなぁ』と言って、時々父が夢に出てきます。たぶん、空から見守ってくれているんじゃないかなと思っています」と弘美氏は笑う。


「有限会社ですし、当時は従業員も今の3分の2くらいの人数で、経費もだいぶ少なかったので資金繰りで困るようなことはありませんでした。ただ、相続税等については今ほど中小企業の承継の優遇がなかったので、母が亡くなったりしたらどうしよう…とは思っていたんですけどね」と徹一郎氏。

困ったときに相談できる経営者の友人を持つべし

3カ月という限られた期間での事業承継を余儀なくされた徹一郎氏の大きな支えになったのが、「社長ネットワーク」だった。


「経営者には、困ったときに相談できる、信頼すべき経営者の友人が必要です。『あの人に聞けば何とかなる』という友人社長が私にも何人かおりますし、私自身もそういう存在でありたいと思っています。一人でやれることはたかが知れていますから、よい知恵はさっさと取り入れることが大切です」(徹一郎氏)


「社長ネットワーク」そのものも、親から子へと引き継がれる事業承継の一部である。


「私の場合は3カ月後でしたけど、周囲の中小企業なんかでも『3年後に』などと、父親が子どもに言い渡しておく場合が多いようです。で、その3年間に子どもをいろんなネットワークのシーンに出していくのです」(徹一郎氏)


人と人との繋がりは一朝一夕で形成されるものではない。社長就任前から時間をかけて築いていくことが重要なのだ。


「従業員もこれ以上増やさずに。何とか細々と続けていただきたい、それだけです。元気でさえあれば何とかなります」と弘美氏。


父の作った有限会社日東機械工業の名前を残すという意志を受け継いだ弘美氏が、次の世代の徹一郎氏に望む思いだ。

過去を振り返り、未来への計画を立てる「ヒストリーブック(※)」

同社の顧問税理士を務めるのが税理士法人シーウエイブの瀬山美恵氏だ。


「私の主人が美恵先生のお父さまに大変お世話になっていたので、前々から顧問をお願いしたいなと思っていたんです」
弘美氏は瀬山氏との出会いのきっかけをそう語る。


それまで長年依頼していた税理士が高齢のため、引退することになり、新しい税理士を探さなければならなくなった。そのときに頭に浮かんだのが、瀬山氏だったのだという。


瀬山氏自身、父と共に税理士法人を経営しているため、同様に親子経営の㈲日東機械工業に対してより現実感のあるサポートやアドバイスをすることができた。瀬山氏が徹一郎氏と弘美氏にヒストリーブックを紹介したのも、自身がヒストリーブックを書こうと思い立ったからだった。


「今は父が代表ですが、もしも今後父に何かあったときにヒストリーブックが助けになるんじゃないかなと思ったんです。それで、日東機械工業さんにも『こんなものがあるんですけど一緒に始めませんか』とご紹介したんです」(瀬山氏)


記憶がしっかりしているうちに、会社の歴史を書き留めておこうとずっと思ってはいたんです。まさにこれがそうなので、これはいいですね、となりました」(弘美氏、徹一郎氏)


過去に関する項目は弘美氏、現在・未来に関する項目は徹一郎氏、と分担し、書き進めている。弘美氏が担当するページは、徹一郎氏も知らない「会社の歴史書」

「ヒストリーブックによって、過去の流れを明確に知ることができるのが、私にとっては何よりのメリット」と徹一郎氏。それを踏まえて今後の経営計画を考えていきたいという。 また、瀬山氏にとっても㈲日東機械工業のヒストリーブックは、会社をサポートしていく上で重要な手掛かりになる。


日東機械工業さんがどういう方向でどういう絵を描いているかっていうのをもっと知ることができれば、もっといろんなアドバイスができると思うんです。ヒストリーブックを通して、未来をつくるお手伝いをしていきたいですね」(瀬山氏)


㈲日東機械工業の決算は6月。それまでにヒストリーブックを仕上げることを目標に、瀬山氏は監査の業務とは別に月に1度、同社を訪問して、ヒストリーブック記入の手伝いをしている。

未来に関する項目は変わっていくものだと思うので、書いたからといって縛られないようにしないといけないなと思っています」と瀬山氏。そこは決算のタイミングで毎年差し替えを行ったり、ページを増やしたりして見直していきたいと考えている。


ヒストリーブックとの向き合い方は経営者ごとに様々で、オフィスの机の片隅にいつも置いている人もいれば、家で一人お酒を飲みながら書くという人もいる。


「思い出があり過ぎて過去のページからなかなか進まないんだよねとか、普段言えないことを後継者へのメッセージの欄に書いておこうとか、社長さんごとに使い方やお気に入りのページも様々。でもどこで書くにしても、向き合う時間を意図的に作らないと書けないというのは共通しているようです」と瀬山氏は言う。それはヒストリーブックと真剣に向き合っている証拠なのかもしれない。


「文章に残すという作業は、推敲を重ね、何を書くべきかという取捨選択の上に成り立っています。だから一項目書くだけでも相当時間がかかっちゃう。漠然とはいつも思っていることはあるんですけど、それを明確に言葉にするのはなかなか難しくて勇気のいるところではあるなと」と徹一郎氏も言う。


瀬山氏のサポートのもと、徹一郎氏、弘美氏も自分自身と向き合いながら、自分だけのお気に入りのページに言葉を紡いでいくことだろう。

(※)現役の経営者が経営に対する思いやこれまでに築かれた功績など後継者に伝えたい大切な情報を包括的・体系的に整理し残しておくツール「The History Book(ヒストリーブック)~笑顔の継続と承継への道~」。エヌエヌ生命が制作、2019年1月より提供開始。



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