インボイス制度導入でどうなる? 税務調査の方針と留意すべきポイント
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「『ポツンと一軒家』みたいでしょ?」
山奥の一軒家をアポなしで取材する人気テレビ番組の名前を出してそう笑ったのは、株式会社成美の岩切知美社長だ。
大分空港から車で南に下り1時間半ほど。目指すは豊後大野市。民家も見かけない緑濃い山奥を走っていると突然真っ赤な看板が目に飛び込んできた。そこが株式会社成美の本社だった。
株式会社成美は岩切氏が10年前に創業した。加工食品製造・販売が主な事業である。
大分の食に徹底的にこだわり続けてきた岩切社長に創業のエピソードやこれまでの軌跡を聞いた。
まず岩切氏は事業を興した理由を2つあげた。
1つは、昔から地元で伝わる郷土料理を次世代につないでいきたいという強い思いだ。
岩切氏が子どもの頃住んでいたのは、「日本昔話に出てくるような山のてっぺん」(岩切氏談)だった。コンビニなどない時代、農協の経営するスーパーが1軒。あとは、移動販売車が週に1回来るだけ、という典型的な中山間地域だった。
そんな岩切氏が大好きだったのは、おばあちゃんがよく作ってくれた「鶏汁」だった。鶏の旨みと豊かな大地で育ったごぼう、椎茸、長ネギの絶妙なバランスの味わいの逸品だ。
「各家庭で祝い事や行事、いわゆるハレの日に鶏料理をふるまう習慣がありました。子どもの頃、鶏汁を作っているのを見ると人が集まるから凄くワクワクして、鶏汁=うれしい事というイメージでしたね」
しかし、岩切氏が可愛がっていた鶏のコッコがさばかれる日が来た。ショックを受けて、おばあちゃんに駆け寄った。「私のコッコを殺したでしょ!」と責めた。するとおばあちゃんは「卵を産まなくなったからさばいたんじゃないよ、最後に命の栄養をともちゃん(岩切氏)にくれたのよ。コッコはずっとあなたと一緒に生き続けるのよ」そう話してくれた。
「こういう体験って、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に暮らす家庭ならではですよね。今の時代、こういうストーリーはなかなか繋げていけないけど、お料理として次世代に繋げていくことはできる。そう思ったのです」
そして、鶏汁のレトルト商品が誕生した。創業時から現在までベストセラーになっている。
写真)商品名「豊後緒方の鶏汁」
出典)株式会社成美
2つめの理由が「離婚」だった。「食」に携わることがとにかく大好きだった岩切氏。事業をするならこれだ!と思い立ち、起業した。無謀ともいえる決断だった。
「現場事務所を一棟借りて、そこにガスコンロと、ホームセンターで売っている一番安い鍋を買って・・・そこからのスタートです。自由になって好きなこと、新しいことにチャレンジできて、きついと思ったことはなく、むしろ楽しかったです」
しかし、ほぼ専業主婦だった岩切氏に金融機関は冷たかった。
「一番大変だったのはやっぱり信用をつくることです。これだけは、どんなに私が努力をしても働いても、付くものではなかったですね」
融資は全く通らない。お金を借りることが出来そうな金融機関にはかたっぱしから出向いた。女性の起業支援融資というものがあったので申し込んだが、実績がないとけんもほろろだった。
しかたない。やるしかない。
最初の3年間はなりふりかまわずなんでもやった。百貨店の地下食品売り場でやっている小さいフェアで試食販売をやったり、地元のお祭りにテントを持って行ってそこで鶏汁を作ったり。まさに寝食忘れて1人で駆けずり回る日々。
そんなときチャンスが訪れる。
2016年、日本政策金融投資銀行の「第5回DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」という、女性起業家だけを対象にした事業のコンペを公募していた。事業奨励金1000万円、1年間の支援コンサルがつくという破格の条件。
千載一遇のチャンスと思い応募した岩切氏。なんと「DBJ女性起業地域みらい賞」を受賞して、500万円の事業奨励金を手にした。その効果は絶大だった。
「それまで何年もずっと銀行や県に融資をお願いして通らなかったのに、この賞をとった途端に、3000万融資しましょうみたいな感じになりましたね(笑)」
起業して5年が経っていた。
工場の設備などを整えながら、岩切氏は1つの大きな決断を下した。
「営業」をやめたのだ。
「苦労していた時期に営業に行っても実ったことが一回もなかったので止めました。その代わり、年に一回かならず東京の大きい展示会に出展することにしたのです」
全国からバイヤーが集まる展示会。成美に注目が集まった。
「それが凄く当たって、たくさんのオファーをいただけるようになりました」
まずは大分空港のお土産の商品開発を受注。半年もたたないうちに東京の「DEAN & DELUCA(ディーン・アンド・デルーカ)」(米国の高級食料品チェーン)からもオファーをもらった。
一流バイヤーのハートをつかんだものは何だったのか。
「売れるものを作るのではなく、食べてもらいたいものを作るのが私の信念です。『親や子ども、愛する人に食べさせたいな』。そう思うものをちゃんと作る。これが一番大きかったのかな」
キーワードはまさに「食へのこだわり」だ。
それがバイヤー達に刺さった。
「うちのこだわりもつくれませんか?」
問い合わせが相次いだ。
現在、成美の製造の8割がこうしたOEM(original equipment manufacturer:相手先ブランド製造)だという。
元々は自社開発製品の方が多かった。なぜOEMにそこまで力を入れるのか。岩切氏の経営哲学がこの数字に表れている。
「自社商品を販売するのはあくまで私の自己満足になるんですね。工場が100%、120%稼働して初めて社員を幸せにできる。私が良いと思うものばかり作ってそれが売れなければ、在庫が増えるばかりで工場は回りません」
自社商品は「成美はおいしいものを作ることが出来る会社だ」と示すための広告品と割り切ったのだ。
もう一つ。岩切氏のこだわりがある。それが「地元農業生産への応援」だ。成美は大分県産の食材を必ず使用することにしている。
OEM先にも「使える材料に大分産のものがありますよ」と提案すると、大変喜んでもらえるという。
地域の特産品がお客さまにとっての差別化になるからだ。特にコロナ禍で増えた中食指向(調理済みの食品を、家庭で食べる食事形態)が追い風となっているのではないだろうか。
「大分は農産地なので、農業生産を上げていかないと町自体が上がっていかないのです。どんどん一次生産者さんが増えて欲しいと思っています」
成美が契約している栽培農家は6軒。岩切氏が考え出したのが、「規格なしの全量買い取り」契約だ。
全量買い取りも思い切った経営方針だが、「規格なし」の方に筆者は驚いた。野菜は形が整っていなければならない、というこれまでの商習慣を根本から否定する英断だ。
「生産者さんに何が一番大変か聞いたら、やはり規格を揃えるための選別作業でした。そうか、なるほどなと。それをなくせば農家さんは一番ありがたいんだなということで、じゃあそうしましょうとなりました」
農家も驚いただろう。畑や田んぼの面積で作物を買うのも地元の農家を大切にしたいという岩切氏の信念ゆえだ。そう簡単にできることではない。
当然、コロナ禍は成美を直撃した。新型コロナウイルス対策の特別措置法が成立したタイミングで工場の生産計画がゼロになった。2020年3月末のことだ。しかし、岩切氏は逆にその状況をチャンスだととらえた。
「衝撃でしたが、『ちょっと早いGWだね。神様からのご褒美だ』」って言ってみんなで笑いました」
しかし空元気はそう長くは続かない。さすがに2カ月生産ゼロになった時、いつまで続くんだと不安にかられた。
その時岩切氏は、一番苦労しているのは、在庫を抱えて立ち往生している生産者さんだ、と思い至った。
OEM比率8割がゆえに過剰在庫がなかったことが幸いした。
「仕入れ業者さんは私たちを信用してものを売ってくれている。これはなんとかしなきゃと思い、『どうせゼロなら動いてゼロの方が気持ちよくない?』と社員に言ったら、やりましょう!という答えが返ってきたのです」
そして誕生したのが、「コロナバイバイ商品倍々キャンペーン」だった。
3000円分買ってくれたら6000円分の商品を送ります、という超太っ腹キャンペーンをウェブで展開した。バイバイは倍々、にひっかけた。もちろん成美は大赤字だが、仕入れ業者は喜んだ。無論お客さんも大満足。全国から注文が殺到する事態に。
「ちょうど巣ごもり真っ只中だったので、自社商品の鶏汁とかカレーとかパスタセットとか1カ月で1000万円ぐらいオーダーが来ましたね。つまり商品は2000万円分(笑)」
2カ月このキャンペーンを続けた。お金は出ていったが、得したこともある。個人のお客さまがこれを機に増えたのだ。
「今回、個人の多くのお客さまに成美を知っていただいて、その情報もいただけることでお客さまへの発信もできるようになりました。一時的に損はしましたけど、長い目で見ると得したんじゃないかなと思っています」
ECによる直販率も今後伸ばしていきたい、と成美氏は意気込む。
コロナ禍によるダメージはそう長くは続かなかった。2020年の7月くらいからは受注が復活、どんどん伸びて、結果前年度比150%、180%という数字をこの3年間達成できているという。
成美の社員は現在15名。製造部門が6人、あとは出荷、流通、経理担当で、社長室長以外全員女性だ。
従業員の労働環境ではどのようなことに気をつけているのだろうか。
「ワークライフバランスがきちんととれないと駄目だと思います。女性が外で働く為には、家庭が不満を持たないようにしてあげることが大事なんです」
従業員の家族が不平不満を言い出すと、女性は働きづらくなる。自身の経験から従業員が自由に働ける環境を整えている。土日・祝日はゼロ出勤、残業ゼロを働き方の柱にしている。
地元の農家の支援、雇用の創出。成美に対する地元の見方も徐々に変わってきている。
「世の中のために役立つことをやっている、と報道されたりして、地元の皆さんがうちのことを分かって下さるようになったのは嬉しいですね」
岩切氏自身まだ50代、事業の承継を考えるには早いかもしれないが、万が一の事を考えているか聞いた。
「継ぎたいと思ってもらえるような会社になれば、後継者を探さずとも承継できるのではないかという考えに変わりました。どこからみてもいい会社だね、と言われるようになれば承継につながってくると思うので、そこに力を注ごうと考えています」
そうきっぱり話す。
岩切氏にはご子息が3人。彼らが継ぎたいといったらそれもウェルカムだと笑った。
成美の社名の由来はこうだ。
「美味成り、美に成る、美で成る」。美味しいものを食べ、笑顔になり、心身共に元気になる、という気持ちを込めた。地元愛があふれている。
大分の豊富な食材や食文化をお客さまの生活の中で楽しんでいただくことで、郷土や伝統をつなぎ、農・水・畜産産業を活性化させ、雇用を生み、子ども達が誇りを持って働き、そして生活出来る。そんな地域の創生を目指している。(成美HPより)
会社のイメージカラーの赤で統一されたキッチンで、日がな1日商品開発に挑む岩切氏。真っ赤な「勝負エプロン」を身にまとい、きょうも新しいレシピ開発に余念がない。
お客さまの声をお聞かせください。
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