父が築き守ってきたプロテック 「人のために」の理念を貫きたい プロテック株式会社 代表取締役 小松 麻衣氏
- 40-50代
- 北海道・東北
- 女性経営者
- 後継者
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1988年、岡山県岡山市で創業した株式会社アイアンドエフは、東京、名古屋、岡山を拠点に販売促進ツールの企画制作などを手がける広告制作会社だ。後継ぎの福島直輝氏は、大学卒業後PR会社に3年間出向した後、2020年にアイアンドエフに戻り経営企画部で社員が働きやすい体制づくりを進めてきた。3~5年後に事業承継が見えてきた今、先を見据えた新しい事業の柱づくりやAIを活用した生産性向上など、次の新たな一手を模索しながら行動している。
2020年に会社に戻ってからの1年は、会社の売り上げや経費、利益などをしっかりと把握し、理解したうえで経営会議に臨み、さまざまな課題に対処していく力が鍛えられた。
「その後、取締役になったこの2年で、会社を見る視点が以前とはまったく違ってきました。表面的にしか理解していなかった会社を、広い視野から見ようと努めています。逆にずっと変わらないのは、社員が働きやすい環境をつくって幸福度を上げていきたいという思いです」
だからこそ、現場を経験したいと自ら営業職を志願した。
「クライアントを担当し、受注から制作、納品、請求まで一通りのことを経験しました」
すると先方とのやりとりや制作進行、すべきことの多様さや修正が重なる状況や課題などが見えてきた。
「これらを改善するためにディレクターやデザイナーとアイデアを出し合い、原因となっている障害を取り除くための策を講じました」
営業の手離れがよくなるように、営業サポートという担当を置き運用を始めている。
「営業の業務は、多岐にわたり細かく、新しい事案に取り組む時間が取れない。だったらある種の案件は営業サポートにお任せするという考えで新体制をつくりました」
危惧の声も聞こえたが、やってみなくてはわからないと思い切って舵(かじ)を切った。
「結果的に余裕ができ、営業のクライアント訪問回数が増え、残業時間は減りました。新規案件のコンペにも積極的に取り組めています」
おかげで生まれた時間を使って、より質の高い仕事をする環境をつくることができた。
「けっこうな人件費がかかることなので、こういう思い切った投資は取締役である自分にしかできないと思っています。今後も何か新しい挑戦をしようというときには、みんなと一緒に考えながら、思い切りよく取り組めたらいいなと思っています」
そのほかにも、社員の働きやすさを考えて手がけてきたことがある。
「リモートワークに適したオフィスに改装したり、リファラル採用(社員紹介採用)を導入しました」
また、今まであまり取り入れてこなかったさまざまな研修を、社員に受けてもらった。
「外部の専門家の力を借りて、マーケティングや目標設定、コーチングの研修を行いました」
このようにして取り組んだことの中には、社員との飲みニケーションから生まれたものも多い。
「家族の健康診断の費用を会社負担にしたり、女性検診のオプションを増やしたのは、飲み会で出た話を覚えていて実施したものです。将来、社長になったとしても、距離のある存在というより、こういう話を忌憚(きたん)なくできるような相手でいたいですね」
会社に必要なことだと思えば、スピード感をもって形にしていきたいと思っている。
「なんでもかんでも、アクセルを踏みすぎる傾向があるのは自覚しています。でも考えてばかりで前に進めないのもダメだと思うのです」
その行動の裏には新規事業をなかなか生み出せない自分を含めたメンバーへのメッセージが込められている。
「Webの売り上げを新しく打ち立てたくて、成果報酬型の仕組みを導入して販売してみたのですが、見事にコケました。みんなで一生懸命稼いだお金をつぎ込んだのに、何も生めなかったので、とても反省しましたし、落ち込みました」
それでも、次につながる投資にしなくてはと思い、なぜ失敗したのかを考えたという。
「何事も人任せで、こちらに判断できる感覚や経験がなかったのが敗因です。新規事業をやるときは、自分も手を動かしてある程度のスピード感でやりながら、改善していくべきなのだと肝に銘じました」
勉強代は高くついたが、取り組んだことに後悔はしていない。
先日、初めて中期経営計画を自分で立てるという大仕事に取り組んだ。
「長期的な目標を立て、そこから逆算してやるべきことを明らかにし、まず何をしなくてはいけないのかを取捨選択する手法が、とても参考になりました」
会社の業務やプロジェクト、また自分のキャリアを考えるうえでもそれが使えると気がついた。
「そして今回最も大切だったのは、プロセスです。中長期的な目線で戦略を練って、会社の将来像を考えるときに、次の代を担うメンバーたちと何度も意見交換をしながら、こういう会社にしていこうと話す時間が増えたのは、重要なことだったと思います。」
そのうえで、あえてしていることがある。
「役員クラスに部長やメンバーが意見を言うのは、やはりなかなか難しいと思います。ですからそこは自分が間にはいってバランスを取れるように努めています。飲みの場で出た話なども含めてこれは伝えたほうが良いという意見があれば、抽出して上にあげています。自分がその役割をしっかり果たさないと社員からの信頼感も生まれないと思うのです」
人から、「アイアンドエフってどんな会社?」と聞かれた時に決まって答えることがある。
「社員の人柄が、本当にいいのが自慢です。素直で穏やかに目の前の課題に確実に取り組む人ばかりですというと羨ましがられますね」
コロナ前までは、社員旅行やお花見、忘年会となにかと集まる機会は多く、その企画や出し物の演出などもすべて社員が考え、毎回盛り上がっている。
「そろそろ今年は、社員全員で集まりたいですね」
そんな良い人材が働く環境であっても、デジタルを駆使する若手たちは、ネットで理想の働き方や生きがいがどこにあるのかを模索し、自分なりに答えを見つけようとしているようだ。
「昔のように会社に貢献して偉くなるという働き方を目指す人は少なくなってきていると思います。1社に固執せずにキャリアアップしていくのが普遍的な考えになる中、今のアイアンドエフが社員に何を提供できるのかを考えながら、経営しなくてはならないと思っています」
最近、こんなに働くモチベーションが変わるのかという実例を目にしたという。
「ディレクター志向だった社員が営業担当をしていたのですが、望むセクションへの異動をかなえました。すると以前にもまして積極的に仕事をするようになり、とても生産性が上がり、成長もしてくれたのです。マーケティング研修の時も最後まで残って講師に質問している姿を見て、その人の適性に合ったやりがいのあるポジションを用意するのは、経営の大事な仕事なのだと思いました」
大学生のときは、父の会社を継ぐなんて夢にも思っていなかった。父親の仕事が何たるかを何も理解できていなかったからだ。
「今ようやく、会社の経営というものが面白くなってきて、大変だがやりがいがあると感じられるようになりました」
福島優社長からは、もう社内整備はいいからもっと外に出て、経営者仲間をつくったり、先頭に立って新しい事業に切り込むことに時間と体力を使うようにとアドバイスをもらっている。
「最近考えているのは、30年後、40年後のアイアンドエフのあるべき姿。今以上に事業を成長させて、社員数を増やし、安定した会社にしてから三代目に引き継がねばと思うようになりました。100年続く企業でありたいという気持ちが、日増しに強くなってきています。そのために何をすべきかを考えると、今の自分は経営者として何もかもが全く足りていません」
しかし、ほかの誰よりも長期的な目線で会社のこれからや社員のことを真剣に考えているという自負はある。
「父が36年に渡り築いてきた会社の中核事業や人のつながりを伝統と呼ぶのなら、それを大切にしながらも、変えるべきところはスピード感をもって積極的に変えなくてはと思います。たとえばAIなどの専門知識や経験を有した人と組む仕事をしたいですし、採用も考えていきたい」
最近は休日も関係なく会社をこうしよう、ああしたらとずっと考え続けている。書店に行っても、事業の本ばかり探している自分に気づく。
「新しいことにどんどんチャレンジするのは、自分の役割だと考えています。そのためにも今、同年代で同業種の経営者の仲間が欲しいですね」
お客さまの声をお聞かせください。
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