制度を活用する企業が急増!企業版「ふるさと納税」のしくみとメリット
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鋳物メーカー「能作」と聞けば、誰でも思い浮かべるのが、曲がる器「KAGO」だろう。そう、鍋敷きのように平べったいのに、引っ張り上げるとぐにゃりと曲がって伸び、その名の通り「かご」に変身するのだ。錫(すず)という曲がる金属だからこそ可能になる。まさしく発想の転換から生まれた商品だ。
写真)「KAGO」
能作提供)
筆者がこの「KAGO」を見たのはいつだったろうか。その奇抜な発想に、強烈な印象を覚えた記憶がある。
その能作をここまで育て上げた能作克治氏、そして2023年3月に社長を継いだばかりの能作千春氏に話を聞けると言うことで富山県高岡市に向かった。
能作の新工場・本社は、北陸新幹線新高岡駅から車で15分ほど、高岡市の企業団地「高岡オフィスパーク」の一画にある。2017年4月に完成したこの建物は、400年の歴史を誇る鋳物の街、高岡市のシンボルになっている。その外観、特に緋色の屋根に圧倒される。この色に決めた理由を克治氏に聞くと、
「真鍮を溶解して鋳込む際、鋳造炉の炎にとてもエネルギーを感じます。その炎の色を表現しました」。
「それと、この色は雪に映えるとデザイナーが言ったので」これに決めた、とも。
写真)能作本社
能作提供)
建物の中に入ると、カフェ「IMONO KITCHEN」に平日午後の早い時間にもかかわらずずいぶん多くの人がお茶を飲んでいるなと思ったら、実は工場見学のお客さんだった。年間約13万人が訪れる、「産業観光(インダストリアルツーリズム)」のHUB(ハブ)となっていることが実感できる景色だった。
克治氏は元報道カメラマン。娘婿として能作家に入った。全く畑違いの仕事。鋳物の「い」の字も知らない中、最初の3年は戸惑いもあったが、現場の仕事は結果がすぐ出る分、やりがいを感じた。
とにかく「技術を磨くのが僕の役目」と頑張った克治氏。小ロットの仕事も率先して引き受けているうちに、製品の仕上げが丁寧なこともあいまって、問屋の評価も上がってきた。
そうなってくると仕事が俄然面白くなってきた。製品仕上げに使うロクロなどの技術を必死に覚え、作業に夢中になった。
そんな中、忘れもしない今から30年ほど前。工場を訪れた母子の何気ないやりとりが、ある意味今の能作をつくったといえるだろう。
その母親は息子にこう言った。
「あんた聞きなさい。勉強せんかったらこんな仕事だよ」
ショックを受けた。そして、克治氏は誓った。「高岡の地場産業、伝統産業が足蹴にされるのはおかしい。地元の誇りにしてもらいたい」
その時の悔しい思いが今の能作をつくったといえるだろう。
「産業観光」という言葉が誕生する、はるか昔。子どもたちを招いて工場をみせることにしたのは克治氏だった。
地元の子どもたちに産業の素晴らしさを知ってもらい、地域を愛する子どもを増やし、ゆくゆくは担い手をつくっていく。
「時間はかかります。でも、知ってもらうことが大事なんです」
克治氏はそう話した。
克治氏と話をしていて気づくのはそのあくなき好奇心だ。そもそも鋳物は素材産業。問屋から発注が来たらそれをただ作ればよかった。しかし、克治氏はそれでは満足しなかった。
自社商品の開発をしたいと思ったのだ。
「うちで鋳造してできた製品がどこで、いくらで売られてるのか、一切わからない。自社ブランド商品を持てばお客さまの声を聞くことができる。ましてや、こんな色にしたいとか、こんな箱に入れたいとか全部できる。それでやろうとしたわけです」。
錫を始めようとしたのも、「食器を作って欲しい」というお客さまの一言がきっかけだった。
じゃあ、錫を使ってみよう。そう考えて現場に持ち込んだら、「こんなものできんぞ」と猛反発をくらう。
救いだったのは自分で何でもできるようになっていたことだ。実際に錫で鋳物を作って見せ、
「ほらできるやろ?」とやってみた。すると、現場も仕方なくやることに。
錫100%は柔らかい。放るとぐにゃりと曲がってしまう。初めは欠点だと思ったが実はそうではなかった。柔らかい錫だからこそできるデザインがあった。
2002年に社長に就いてから開発に着手、2006年に日本橋三越に1号店を出した。前述の「KAGO」の売れ行きは当初鳴かず飛ばずだったが、社員が実際に店頭に立ち、平らな形から引き延ばす実演をしてみせたら、売れた。テレビ番組につぎつぎと紹介され、一気に人気に火が付いた。
2002年に先代から社長を引き継いだ克治氏が本格始動し始めた。その後の躍進は知っての通りだ。
先代佳伸氏が社長だったとき、克治氏が常に言われ続けていたことがある。
「人と違うことをするな。人と違うことをしたいなら、社長になってからやれ」。
商品開発も本当は前からやりたかった克治氏。雌伏の時が続いたが、その間克治氏は現場の製造から経理、出荷や取引先回りまで着々と自分の領域を拡げていった。自分が社長になった時、「すべて私の手中にありました」。
そう克治氏は断言した。
その用意周到さがあったからこそ、能作の飛躍がある。
それは承継にも現れている。
千春氏は2012年に結婚、ご主人は結婚を機に職人として婿入りした。克治氏と同じだ。2人の子育てに忙しい千春氏。克治氏の気持ちは、千春氏が結婚したときから固まっていた。いや、それ以前に心に決めていたのだろう。無論、千春氏は知るよしもなかった。
「この会社は千春が社長をやるから、応援してくれるかな」
克治氏は千春氏の夫、和也氏にこう話したという。
かたや千春氏はいつ承継を意識したのだろう。聞いてみると。
「能作に入社することすら思ってなかったですね。小さな頃から後を継ぐとか能作で働けとか、後を継げとか、富山にいろとか、一切言わない人だったので」。
だから、大学を卒業して神戸で通販雑誌の編集をやっていたのだ。社会人3年目に能作への入社を決断するまでは、高岡に戻ることなどみじんも考えていなかった。
では一体いつ、承継を決意したのか。実はつい最近、2019年の事だった。克治氏が突然体調を崩し、半年間入院したのだ。
「もしかしたら明日、社長がいなくなるかもしれない。従業員の数も増えているし、販路も広がっている。誰が会社を守っていくか、継承していくかと考えた時に『私しかおらん』と思えたのです」。
腹をくくった瞬間だった。思い切りの良さは父親譲りか。
「日々話をしていて父と似ているとは思いますね。考え方だったり行動力だったり。だからあまり意見の食い違いはないです」。
根底にはお互いのリスペクトがある。
娘は父の商品企画力に頼っている。父は娘のソフト力を信じている。また、千春社長は夫の和也氏の現場力を信じている。それぞれが信頼の絆で結ばれ、三位一体で会社のマネジメントを遂行している姿は、理想的なファミリービジネスに見える。
千春氏はこう強調した。
「私はどちらかというと、外向けにいろんな企画をするのが大好きで、父に似ています。夫は職人さんの信頼が厚くて、中をしっかり守ってくれ、家事や育児でも頼りになります。影の立役者なんです。スポットライトは、私じゃなくて彼に当てるべきだと思っています」。
能作のケースは特殊かもしれない。しかし、この家族の関係を見るとき、他のファミリービジネスの経営者も学ぶことがあるような気がした。
千春社長が始めた事業として有名なのは「錫婚式」と「観光×宿泊プラン」だろう。
錫婚式は、結婚10周年を祝うセレモニーとして2019年に開発した。これまであまり知られていなかった錫婚式を、「錫を知ってもらうきっかけになれば」と考え、着目したのが千春氏だった。
人気を呼び、既に150組が式を挙げた。式場はとてもシンプル。夫婦ふたりや親子だけで祝う。県外からの利用がほとんどだというから、地元の観光需要にも貢献していることになる。
写真)錫婚式 イメージ
能作提供)
「会社として人の人生にそこまで深く関わることはなかなかないですよね。式を挙げた人は絶対的なファンとなって将来顧客になってくださいます」。
それだけでなく、錫婚式を挙げなくても、「結婚10周年で錫製品を買いに来ました」という人がすごく増えているという。波及効果は着実に現れている。
「子どもたちが泣くんですよ。パパとママの誓うシーンを見て涙を目にいっぱい溜めて、『もう喧嘩しないでね』って言ったり・・・皆さんご家族だけで挙げられるので、毎回すごくドラマティックなんですよ」
親から子どもに「生まれてきてくれてありがとう」と手紙を読むこともあるという。再婚同士のケースでは、連れ子同士が錫婚式をきっかけに仲を深めたことも。ブライダル業界も注目しているのだそうだ。
既に2022年から札幌で、4つの結婚式場と能作の錫婚式をプロデュースしている。また、東京駅丸の内駅舎の中にある東京ステーションホテルと期間限定で「能作x東京ステーションホテル 錫婚式宿泊プラン」(2023年4月21日~2024年3月31日)も始まった。神戸でもプロデュースする予定だ。
写真)東京ステーションホテル
結婚して5年目から10年目に離婚率が一番高くなり、10年目以降、女性の結婚満足度が男性と違って下がるのだという。
「錫婚式を挙げる前と後でアンケートを取ると、『考え方が変わった』『家族の仲がよくなった』という声をもらいます。」
千春氏はそう言って笑った。
千春氏プロデュースの第2弾は、「観光×宿泊プラン」。
「大切な人との絆が深まる宿泊プラン」をコンセプトに、能作と全国のこだわり宿がタイアップ。食・宿・アクティビティを通し、ふたりの関係がよりあたたかなものになりますようにという想いを込めている。食事には能作の錫の器を使用し、特別な記念日のディナーを堪能できる。
現在は、富山県南砺市井波の一等貸し切り宿「Bed and Craft」と、東京ステーションホテルで本プランを提供している。
写真)イメージ
©能作
記念日旅行や新婚旅行、サプライズ旅行を想定しているという。錫婚式同様、同世代のハートをがっちりつかみそうな、千春氏ならではの企画だ。これからもつぎつぎと新しいアイデアが生まれるにちがいない。能作のこれからが楽しみでしかない。
これからの戦略について千春氏に聞くと、「海外へのチャレンジ」と即答した。
すでに市場調査は済んでいる。台湾や中国がターゲットだ。
「私の代で花咲かせられたらいいなと思っています。後、錫婚式のようなコトとモノをつなげ合わせて新しい価値を生むのは私自身が得意とする部分でもあるので、そういった活動の広がりはやっていきたいです」
と話す。
もう一つは「インナーブランディング」だという。
企業の理念やビジョン、価値観を従業員と共有し、共感や愛着心を持って行動してもらうための活動、と一般的に言われているが、千春氏の話を聞いていると、そんな堅苦しいことではない気がする。
「人を大切にしようとか、地域を大切にしようとか当たり前のことを変えない」ことが大事だと、父と娘は目を合わせてお互いうなずいた。
お客さまの声をお聞かせください。
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